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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)6990号 判決 1972年11月15日

原告 今村吉也ほか一名

被告 国ほか一名

訴訟代理人 井野口有市ほか五名

主文

一、被告は原告ら各自に対し金二〇〇万円宛、および右各金員に対する昭和四四年七月一四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求は、これを棄却する。

三、訴訟費用のうち原告らについて生じた分の三分の一、および被告について生じた分は、被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、本件事故の発生

原告らの長男今村吉寿が、昭和四四年七月一三日大槻忠に連れられて原告ら主張の「大阪郵政レクリエーシヨン・プール」に行き、午後一時二〇分頃から遊泳したこと、及び今村吉寿が同日死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、証人安井和智及び同綱川和夫の各証言、弁論分離前の被告大槻忠の尋問の結果を総合すると、今村吉寿は、同日午後四時頃右プールの大人用のプールで溺死したことが認められる。

第二、被告の責任

一、公の営造物について

被告が、郵政省職員の厚生施設として、本件プールを設置し管理していたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、同プールの利用資格者については、例外的な場合がないとはいえないものの、原則として郵政省職員及びその家族に限られていることが認められる。そして厚生施設である以上、職員及びその家族が保健娯楽のために利用するものであることは言うまでもないが、同時にこれにより職員が公務上の疲労を回復し英気を養つて公務執行の能率をあげることに資する目的で、被告は本件プールを設置したものであると考えられる。従つて本件プールは国家賠償法二条に所謂公の営造物に該当するものと解するのが相当である。

二、本件プールの設備について

1  <証拠省略>を総合すると、本件プールは子供用プールと大人用プールとにわかれており、前者は更に水深〇・六、〇・四、〇・一八メートルの大中小の各プールからなり、後者は長さ二五メートル、幅一五メートルで、水深は端部で一・二メートル中央部で一・五メートルあること、大人用プールと子供用プールとの間にはベンチを兼ねたコンクリート製の高さ〇・三メートル幅〇・六四メートル長さ二五メートルの仕切壁があり、子供用の中プールから仕切壁までは四・二メートル、これに霞も近い子供用大プールからは二メートル程の距離が、又大人用プールから仕切壁まで六・五メートルの距離があること、従って大人用プールとこれに最も近い子供用大プールとの間隔はほぼ九メートルあること、右仕切壁以外には大人用プールと子供用プール間の往来を阻害する設備はなされていないことが認められる。

2  次に<証拠省略>によると、同プールでは水深〇・四メートルから〇・六メートル程の子供用プールと、水深〇・八メートルから一・一メートル程(小学校五年生でほぼ胸までの深さ)の普通プールがあつて、その間隔は約三〇メートルあるに拘らずその間に一・五メートル程の柵が設けられ、相互の往来が遮断せられていること、大阪市営のプールは他に八箇所設けられているが、そのうち大人専用(従つて子供の入場は許されない)の大阪プールを除いては、すべて柵あるいは建物で右同様子供用プールと大人用プール間の往来を遮断していること。但し右プールの子供用プールの利用については保護者のつきそいを必要とせず、幼児のみでも入場を許していることが認められる。

3  <証拠省略>を総合すると、

(一) (イ)東大阪市営八戸の里プール、(ロ)大東市営プール、(ハ)高槻市民プール、(ニ)豊中市営豊島公園プール、の各公立プール並びに日本電信電話公社近畿総合運動場内プールでは、いずれも大阪市営プールと異なり、大人用プールと子供用プールとの間にその往来を遮断する施設は設置せられていないこと、

(二) 前記(ホ)のプールでは、原則としてその利用資格者を日本電信電話公社の職員及びその家族に制限しており、且つ児童については保護者(大人)の同伴がない限りその利用を許可せず、又監視員三名を配置し、そのうち一名は同公社の外郭団体である電気通信共済会の職員を以てこれにあてていること、以上の事実が認められる。

4  右の認定事実を総合して判断すると、本件プールは前示の通り大人用で水深一・五メートルの箇所もあり、且つ大人用プールと子供用プールの間は最短距離で九メートルしかなく、その間隔は前記大阪市営扇町プールに比べればかなり接近しているので、子供を水難事故から守るためには、両プール間に柵等を設けることが望ましいものと考えられる。しかしながら、職員が幼児、児童を伴つて休息することを予定していると思われる本件のようなプールにあつて、大人と子供を全く分離し、その間に往き来ができないようにしたのでは、その設置の本来の目的を達しえないものというべきである。前記(イ)から(ホ)までのプールで前記柵等が設けられていないのは、この点を考慮したからのことと思われる。(ホ)のプールでは代りに保護者の同伴を入場の許可要件とすると共に、監視員三名を配置して不慮の事故に備えていること前叙のとおりであるから、本件プールとしてもこのような配慮がなされている限り、必ずしも柵等が設けられていないことを以て、直ちに原告ら主張のような瑕疵ありと言うことはできない。

三  プールの監視員について

そこで次に本件プールでも右柵等の設置に代るべき充分の監視体制がとられていたかにつき判断する。

1  <証拠省略>によると、本件プールについては、被告が昭和四四年四月一月その管理を財団法人郵政弘済会大阪地方本部に契約期間を同日より翌四五年三月三一日までと定めて委託していたこと、本件プールの利用期間は昭和四四年七月一日から九月一〇日まで、その利用時間は午前九時から午後六時までで、利用資格者は一応郵政省職員及びその家族に限られていたが、それでも一日平均三〇〇名から四〇〇名程度の利用者があつたこと、右プールの監視員として事故当時大学生一名(今井和智)が臨時に雇われていたが、監視員は前記一シーズンを通じて、同人一人で、午前一〇時から午後六時まで昼食時間を除き終日入場者の受付とプール利用者の監視の双方の業務に従事することとなつていた(昼食時間中は三七、八才位の婦人が交替して右業務にたずさわつていた)こと、従つて同監視員としては利用希望者がプール脇の受付事務所に現われるのがプール金網越に見えた場合は、プールの監視を一旦中止して、受付事務室に赴き、利用希望者に身分証明書、共済組合員証を提示させた上その氏名をプール利用受付簿に記載してロッカーの鍵を渡す等の手続をしなければならず、その間は全くプールの監視ができない状態にならざるを得なかつたこと、又同監視員のプールの巡視、その他監視のあり方についても、直接指導に当る上司をおくこともなく口々これに指示注意を与えることもなくていわば監視の態度、方針につき若い同人に一任する形をとつており、同監視員は自発的に三〇分毎に一回程度プールを見回ることはしていたもののその際プール・サイドや監視台(事故当時は未だ設置されていなかつた)に立ちプールの状況を見守るといつたことなどは全くなしていないし、現に事故当時もプール・サイドに寝ころんでぼんやりしている状態であり、日頃から緊張を欠いた態度であつたことが窺われる。

2  これに対し、<証拠省略>並びに前記認定事実による一と、日本電信電話公社近畿総合運動場内のプールは、大人用プールの長さが五〇メートルであつて、その広さの点で本件プールといささか異るところがあるものの、大人用プールと子供用プール間には柵等を設けておらず、同公社職員がその家族以外の者を同行してきた場合これらの者にも事実上プールの利用を許している点等、全体として本件プールにかなり類似していると考えられるところ、同プールでは監視員として電気通信共済会の職員一名と他に二名の臨時雇の合計三名を以てこれにあて、現実には大人用プールの両側に各一名宛の監視員が配置され、その間他の一名が休憩をとつていることが明らかである。そして証人安井和智の証言によると、本件プールでも、本件事故後は前記監視人の他更に臨時雇を一名増員し、プールの巡視回数も増した上、日曜、祭日には郵政省職員も監視に加わるようになり、又スピーカーで危険防止を呼びかげ、或いは監視台を設けて監視を効率化する等監視体制について種々改良のなされたことが認められる。

3  次に、<証拠省略>によると本件プールでは利用資格を一応郵政省職員及びその家族で、その身分を身分証明書、共済組合員証等で証明し得たものに限る建前をとつていたことが認められる。そして若し右の建前が貫かれていれば、大人が年少者を伴つて入場する場合にも大人一人あたりの引率人員は少なくなり、又年少者とその同伴者とが親子或いは近親関係にあるため、年少者の性行等を知悉した同伴者によつて適切細心の監督注意が払われる結果、たとえ監視員の態度が前記のとおりであつたとしても、年少利用老の安全がある程度までは確保されることになるものと考えられる。しかし<証拠省略>によると右建前は実際には守られることなく、有資格者の同伴した者については、その者の資格の有無を問わず、これに利用を許していたものであり、同伴者につき肉親者としての行き届いた監視を期待し得る状態ではなかつたことが窺われる。又年少者は活溌な反面、思慮を欠いて大人の思い及ばない行為に出ることも稀ではなく、保護者の監視能力にも限度がある点を考慮すると、年少利用者の安全確保の上からは、保護者一人あたり何名の年少者の同伴を許すかその人数を制限することが適当であると考えられるところ、本件全証拠によつてもそのような事実を認めることはできず、かえつて<証拠省略>によると、大槻忠は事故当日、自己の二人の子供哲也(当時九歳)俊文(当時七歳)の他、知人の子供である竹綱稔也(当時一一歳)とその弟(当時九歳)及び単なる隣人の子供に過ぎずしかも全く泳げない今村吉寿の五名をも同伴して本件プールを利用していること(一人で五名もの子供の行動を逐一監視することが極めて困難であろうことは経験則上容易に察知し得るところである)や、又事故当日の本件プール利用者は三〇〇名から四〇〇名位あつたのに利用者受付簿には当日一二〇名程の氏名しか記載せられていないことが認められるので、本件プールでは右の如き同伴者数の制限は全くなされていなかつたことが窺われる。

4  以上みてきたところ、及び本来プールの持つ危険性や、本件プール設置の目的が保護者自身のレクリエーシヨンにもあり(従つて学校教師が学童に水泳指導をする場合とは性質が異る)、同伴した子供の監督について保護者に余り重い注意義務を課すのは右目的に沿わず、むしろプール設置者において保護者の右監督についての負担を軽減する措置をとるのが妥当であると考えられることなどからすると、本件プールの監視体制としては、監視員を二名或いは交替要員をも含めて三名程度配置し、同監視員をして常時プールを巡回させるか、又は監視台上から絶えずプールの状況に注目させ、事故の発生を目撃した場合には直ちに現場に駆けつけて、救助し得る状態にしておくことが必要であつたと考えられ、これらの措置を講じていない点において、本件プールは安全性確保上通常備うべき人的施設を欠いているものと言わざるを得ない(夏期の災天下において、交替要員もなく只一人で連日八時間も緊張した監視を継続することは不可能である)。

尚、被告は右監視員の数及び監視の程度が不充分である点は国家賠償法二条の営造物の設置又は管理の瑕疵に該当しない旨主張するが、プールが同条の営造物に該当することは明らかであるところ、プール利用者の危険防止のため設けられる物的人的設備はこれと合して全体として一つの営造物をたすとみるべきであるから、監視員の数、監視の程度等が物的設備との関連において安全確保上不充分な場合には、これを以て同条の瑕疵ありと言うを妨げない。

四  被告の責任について

以上の事実及び<証拠省略>によると、被告において三の4に記した監視体制をとつていたならば、今村吉寿が大人用プールで溺死するようたことはなかつたものと認められるから、本件事故が前記瑕疵に起因することは明らかであり、被告は結局本件事故につき国家賠償法二条の責を免れない。

第三、損害について

一、逸失利益

1  今村吉寿が本件事故当時七歳二月の男子であつたことは当事者間に争いがなく原告今村久子本人尋問の結果によると同人は心身共に健全であつたことが認められる。

そして昭和四四年四月の厚生省第一二回生命表によると満七歳の男子の平均余命は六二・六八年であることが明らかであるから、これに徴すると、同人が満二〇歳に達した時から稼動を開始して尚四三年間稼動し得る旨の原告の主張は理由がある。

次に労働省労働統計調査部編昭和四四年賃金センサス第一表「年令階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額および年間賞与その他の特別給与額」によると、二〇歳から二四歳までの「きまつて支給する現金給与額」は平均月額四万五〇〇円(但し勤続年数三・三年の場合)で「年間賞与その他の特別給与額」が九万二、六〇〇円となつており、又総理府統計局編集家計調査年報(昭和四四年)の「全国消費実態調査報告」によると、独身世帯では収入の約六五パーセントが生活費にあてられており、結婚後においては世帯主自身の生活費にあてられるその割合が低下することが明らかであるから、純収入算出上粗収入から控除すべき生活費の額は粗収入の二分の一とみるのが相当である。

以上の資料にもとづいて今村吉寿の年額純収入を求めると、

{(40,500×12)+92,600}×(1-1/2)= 289,300円

となり、その四三年間の現価を所謂ホフマン方式により計算すると、同係数は今村吉寿が満七歳二月の未就労者で二〇歳から四三年間稼動するというのであるから、四三年間に就労開始までの一三年聞を加えた五六年間分の係数二六・三三五から未就労の一三年間分の係数九・八二一を差し引いた一六・五一四となり、これを年額二八万九、三〇〇円に乗じた四七七万七、五〇〇円が同人の逸失利益額ということになる。

2  過失相殺<証拠省略>によると、大槻忠は、今村久子からプー-ルにおける今村吉寿の監督を依頼され、又同人が全く泳げないことを承知しながら、同人の他四名の子供を同伴して本件プールに遊泳に行つたことが認められ、相当活溌に行動する年頃の五人もの子供がいつしよでは監督者の目が届きにくいものと考えられること、今村吉寿自身水泳能力がないこと又大人用プールとの間に柵等のないことは前記認定のとおりである。そして証人竹綱稔也の証言によると、今村吉寿はいつしよに行つた子供達と水遊びなどしていたが、しばしばひとり離れて単独行動をとりがちであつたことが認められる。従つて大槻忠としては、今村吉寿の行動については特に細心の注意を払うべきであつたと考えられる。しかるに証人竹綱稔也の証言及び前記大槻忠の尋問の結果によると、大槻忠は今村吉寿がプール底に沈んでいるのを発見するまえ三〇分程の間同人の行動につき気付いていない事実が認められるので、同人としては右注意義務を怠つていたというほかない。

そして前示認定の通り、大槻忠は親権者たる原告今村久子の監督代行者の地位にあつたと認められるので、大槻忠の過失は所謂原告側の過失として斟酌されねばならない。

以上のところから判断して損害額四七七万七、五〇〇円につきその四〇パーセントを減ずるのを相当と思料する。従つて過失相殺後の逸失利益額は二八六万五〇〇円となる。

3  原告らが今村吉寿の父と母とであることは当事者間に争いがない。

従つて原告らは同人の死亡により、前記過失相殺後の額二八六万六、五〇〇円の二分の一に相当する金一四三万三、二五〇円宛の請求権を相続したことになる。

二  慰籍料

1  原告らは今村吉寿の慰籍料請求権を相続したと主張する』が、これは一身専属的な請求権であるから直ちには相続の対象とならないものと思料する。

よつて右主張はそれ自体失当というべきである。

2  前一記認定の事実並びに原告今村久子本人尋問の結果によると原告らの子は今村吉寿とその妹の二人だけであり、今村吉寿は本件事故当時小学校一年生で親にとつて可愛い年頃でもあつたところから、原告らが同人を失い多大の精神的苦痛を蒙つたことは容易に推察し得るところである。

尤も前記原告本人尋問の結果によると、原告らとしても、余り親しく交際もしていなかつた大槻忠に全然泳げない今村吉寿の監督を依頼する等の手落も認められるので、これらの事情をもしんしやくすると慰籍料額は原告各自につき金一〇〇万円宛を以て相当と思料する。

第四、結論

以上説示のとおりであるから、被告は原告らに対し、前記逸失利益のうち請求額の金一〇〇万円と前記慰籍料との合計額の各金二〇〇万円宛とこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四四年七月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきであり、原告らの本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条九三条を適用して(原告らに生じた訴訟費用のうち、弁論分離前の被告大槻忠との間に生じたと考えられる分は、同人と原告との間の和解によつて、原告が負担することとなつている)、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 飯原一乗 弓木龍美)

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